金曜日, 03.09.2010 08:02
 
 

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ベルリン新博物館

再建なった新博物館は、建物のすべての部分が意味をはらむ、偉大な物語のような建築として姿を現した。塗料のわずかな痕跡にさえ文化の歴史と象徴が刻まれた建物は、歴史の傷跡をとどめることによって雄弁に文化の奇跡を語り出す。こうして新博物館が70年ぶりに再び開館したことで、博物館島の5つのミュージアムすべてが見学者に扉を開いた。

文 ティル・ブリーグレプ

新博物館が個人用の住宅だとしたら、新しい入居者たちは建物が悲惨極まりない状態にあると訴えるに違いない。いたるところで目につくのは、何層にも塗り重ねられ、ひび割れ剥げ落ちかかった漆喰、むき出しの石壁、火災の跡、弾痕、水漏れや老朽化の明らかな痕跡……。律儀なドイツの職人たちに意見を求めれば、ひとりの例外もなく「緊急に修復を要す」との診断を下すことだろう。だが、ベルリンの博物館島においては、そうした状態こそ意図された修復の結果なのである。個人の家とは訳が違って、150年前に建造された新博物館の「瑕疵」は、理想主義と破壊、学問的探求と国粋主義的驕りの間に引き裂かれた、激動の歴史の跡を示すものなのだから。イギリスの建築家デイヴィッド・チッパーフィールドは97年、その歴史を糊塗するのではなく、むしろ進んで語るべきだとする説得力あるコンセプトによって、戦争で破壊されたままになっていたフリードリヒ・アウグスト・シュトゥーラーの建築の廃墟を、完全な博物館へと再建する仕事を任された。プロイセンからドイツ帝国、ファシズムの時代を経て、東ドイツ、グローバル化の進む現代にいたる歴史の刻印を、意識的に残しながら修復された古典主義建築は、去る10月16日、アンゲラ・メルケル連邦首相を迎えて70年ぶりに再び扉を開いた。分かちがたく結びついた文化と国家の運命の行方を語る、偉大な物語としての建築……、すべての部分が意味を主張するこの建物にあっては、塗料のわずかな痕跡にさえ文化の歴史と象徴がはらまれている。

空襲と1950年代の部分的な取り壊しを免れ、シュトゥーラーが設計した姿をとどめるカリアティード(女像柱)やイオニア式の柱、ティンパヌム(破風彫刻)、アーケードは、古典古代的教養に基づく市民共同体として自らを演出しようとしたプロイセンの野心を、饒舌に表現している。他方、軍神やワルキューレを描いた「祖国の間 (Vaterländischer Saal)」の壁画は、ゲルマン的英雄像が19世紀においても、いかに大きな影響力をもっていたかを示すものだ。そして、建物のあちらこちらに残された焼夷弾や手榴弾の跡、東独時代のなおざりな扱いがプロイセンの遺産に加えた痛手の跡もまた、新博物館の語る壮大な物語の生々しい章を構成している。もっとも、モダニズム(klassische Moderne)の熱心な擁護者であるチッパーフィールドは、多様な遺物の断片によって歴史を演出することに終始したわけではなく、オリジナルが完全に失われてしまった個所では、冷静沈着に歴史の再解釈を試みている。例えば彼は、失われた北翼の一部や中央の大階段を基本的な形状に再現しながら、オリジナルとは異なる建築言語を用いた。新築部分は装飾を排した抽象的なものとなり、構造と物質性への還元が際立っている。失われたものを補うために使用されたコンクリート、明灰色のテラゾ、赤っぽいレンガ壁が語るその即物的な言語は、ピュアな印象を与える空間を生み出したばかりでなく、シュトゥーラーの歴史的建築を復元するやり方では絶対に生じ得なかった効果、すなわち様式の豊饒と禁欲の間の健全なバランスを建物にもたらした。

新博物館は世界のどのミュージアムよりも、過剰なほど多様なテクスチュア(表面仕上げ)を組み合わせた建築といえよう。そもそもシュトゥーラーによる数々の様式の引用や、地下聖堂風の筒型ヴォールト(穹窿)あり、威風堂々たる大広間ありの多彩な空間コンセプトからして、そうした傾向が顕著である上に、破壊を免れた昔の展示室内の鮮烈な色彩や躍動感あふれる壁画が、廃墟と並存することによって生じる混沌のゆえに、博物館内の雰囲気は不断に目まぐるしく変化する。かつて表面を覆っていた上塗りが失われ、荒々しくまだらに剥き出された部材や、漆喰その他の材料の残滓が生み出す奇怪な構造物など、歴史の痕跡を保存しながら進められた修復は、4階からなる新博物館の巨大な空間を、あまりにも過剰な刺激で満たすことになりかねなかった。だからこそ、チッパーフィールドは興奮を冷まし、落ち着きをもたらす不可欠の要素として、原形が完全に失われ新築されなければならなかった部分の造形を、飾り気のない極力シンプルなものに限定したのだ。

4層2翼の新博物館を歩いて回る観客は、こうして古い建物部分の廃墟を思わせる陰鬱な魅力と新しい幾何学的造形の光あふれる気品を、行きつ戻りつしながら交互に絶え間なく体験することになる。例えば、ネフェルティティ王妃の胸像だけを展示したシュトューラーの薄暗い「ドームの間(Kuppelsaal)」で、中央に置かれた像に光が当たり、その理想的なプロポーションをドラマチックに照らし出す様を鑑賞した後、私たちが足を踏み入れるのはコンクリートの角柱によって構成される「エジプトの間 (Ägyptischer Hof)」と呼ばれるホールで、中央にはチッパーフィールド設計の巨大な展示プラットフォームが設けてある。そこに展示されたエジプトの胸像や彫像は、鋼鉄・ガラス・コンクリートからなる現代建築の冷ややかな和音の中で、その官能性をむしろ強調される。

新博物館には現在、主に人類の先史・初期歴史時代の多様な文化を今日に伝える品々が展示されている。大きな重点をなすのはエジプト・コレクションで、例えば3千年間の彫像の変遷をたどる展示は、古代エジプト美術の人物表現がステロタイプであるという、お定まりの偏見をきれいさっぱり払拭してくれる。だが、そのほかにも民族大移動、ネアンデルタール人、神々と棺、石器時代とローマ、スラブ人とゲルマン人など、展示テーマは実に多彩だ。また、展示の仕方についても変化に富んだ方法が工夫されており、剣闘士の鉄兜と手斧、ギリシアの哲学者像と皮肉な笑いをたたえた仮面が並べて展示されているかと思うと、戦時中の焼夷弾による火災で溶けたガラスの塊を見ることもできる。また、シュリーマンが発掘したトロイの遺物の一部やネフェルティティの胸像だけでなく、新博物館内にはセンセーショナルな考古学上の発見物があふれている。代表的なものでは、ラインの川床から見つかったブロンズ像で、古代ローマの祝宴の“物言わぬ召使”(配膳台)として用いられたとみられる「クサンテンの少年」、青銅器時代の儀式に使われていた「黄金帽」、ギリシア神話の太陽神「ヘリオス」の巨大彫刻などがある。

ところで、そのヘリオス像が展示されている空間は、密やかな親密さに満ち、ひょっとすると新博物館のなかで最も美しい部屋かもしれない。それは完全に失われた「南側ドームの間」の代わりに、チッパーフィールドが新しく設計したもので、方形の土台から立ち上がる壁が平たい褐色レンガを積み上げた円蓋部へと移行し、水色の塔頂を戴く構造になっている。裸体のヘリオスの眼差しはここから博物館内をまっすぐに通り抜けて、建物の対極に位置する古い「北側ドームの間」のネフェルティティに向けられている。そして、永遠の誘惑にさらされた王妃もまた、ヘリオスに眼差しを返すのだ。これは新しく生まれ変わった新博物館全体の見事な構成に、最後の仕上げを施すスリリングな物語軸となっている。

デイヴィッド・チッパーフィールドの感情に流されない設計とそのプラグマティズは、これまで、鋭い切れ味に加えてひとを虜にする魅力を常に具えていたわけではなかった。ところが新博物館プロジェクトでは、歴史の痕跡と抽象を共存させるための12年にわたる闘いが、ついに偉大な仕事を成就させたのである。戦争で破壊された建物を、オリジナル通りに復元することを求める強力なロビーの抵抗を受けながらも、チッパーフィールドは「多層性」を旨とする自らの構想を貫き、結果として単なる復元よりもずっと濃厚な歴史性を備えた建築を完成させた。マンモス狩猟民から現代の情報ハンターまで、長大な人類の歴史を物語る新博物館の展示は、こうしてそれにふさわしい建築と一体になり、真に普遍的な歴史博物館を成立させることになった。この博物館は、律儀な職人たちにももはや修復の必要を感じさせないほど魅力的である。

08.12.2009
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